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「地方」にとって重要なのは、戻って来た人々を、再び部会へ返さないことであるし、これらの人々を定住させる手段を講じて、Uターンの意欲を高め続ける努力が必要となってくる。
そのためには、帰ってきてからの地域づくりでは遅いのである。今すぐ始めて、帰って来る人を両手をひろげて待つ自信のある楽しい村や町を造っておかなくてはならないのである。
まさに、「いまやらなくて、いつやる」の触発的状況に置かれているのが、過疎からの地域おこしなのである。
殊に伝承芸能は神事にかかわる芸能で、本来の担い手である神社の氏子が減少しているために、町や村全体での復元を勧めると、未だに他の氏子は入れないという根強い団結心があり、この説得は容易ではない。
さらに少子化は伝承芸能のかなりの部分を占める子供が出演する場の伝授を困難にし、代りに老人クラブがその役割を担ったりしている。
子供だけの芸能では、教育委員会が主導して、校区を持って練習するという手段を取るのが、現在許される最善の方法であると思われる。
過疎による人口の減少と並んで、伝承芸能保存会が深刻な悩みに陥っているのは、言うまでもなく維持のための資金の不足である。
政府自治体は二言目には文化の振興を唱えるが、実際には町村の末端に至れば、年間の維持費が1万円しか出されていないところが多い。
保存会の言い分は、これでは洗濯代にもならない。時代は変っても、伝承芸能に携わる面白さは、一つは飲めるか飲めないかであり、もう一つは村の子供達と接し、多くの家族が寄りあって、おふくろの味を楽しみ、お茶を飲む団らんにあるのである。
熊本県立劇場の伝承芸能復元の真意は、過疎によって萎えた心の振興と地域おこしの観光経済の拠点造りにあるが、もう一つは多くの伝承芸能が神事にかかわっているので、古来から舞い手、踊り手、さらに三味線太鼓笛のすべてにわたって、演ずるのは巫女舞など少数を除いて、男性がほとんどである。
芸能を村人をつなぐのが祭りであったが、祭りの楽しみのそれぞれの家の味は、姑から嫁へ、嫁から娘へと伝えられたおふくろの味の料理であった。ここに酒が加わる。
つまり、祭りの演じ手は男性であったが、祭りの楽しみの心は女性によって作られ、両者が一体となって伝承が行われて来たのである。
ところが、過疎によって、祭りに集まる人が激減し、伝承芸能は大きな後退を余儀なくされたのであった。
そこで熊本県立劇場は町村に直接出向いて練習を組織し、激励し、資金を提供すること
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